2009年度勇退選手・スタフからのメッセージ・贈る言葉-木下 剛-

2010/04/19


 
 ◆ グリーンロケッツでの一番の思い出は?
  12年間、すべてのことが良い思い出です。日々の練習でクラブハウスに集まり、たわいもない話をしている。ほんま、何気ない生活が楽しかったですね。
辛かったことは、自分が2年目のときにチーム全員で登った富士登山。
日本一を目指す前に日本一の富士山を制覇しようと企画されたみたいです。
富士5合目を深夜12時にスタート(5合目まではバス)、7合目辺りから選手の1/3ぐらいが高山病で下山し、自分も8合目辺りから意識が朦朧としてきました(笑)、死と向かい合わせの登山だった気がします。普通は8合目ぐらいで仮眠して心肺機能を高山に慣らしてから頂上を目指すみたいですが、誰のプランか知りませんが・・・一気に頂上を目指した筋肉集団!!!9合目辺りで、みんな顔色が真っ青でしたが、自分はあまりにも空腹で須藤トレーナーのおにぎりを横取りしちゃいました。
ある意味死ぬ思いでしたね、空腹で(笑)
山頂では7月にも関わらず吹雪でマイナス近い温度だし見える光景全てが地獄でした。下山後は両膝に水が溜まり、ほんと無謀なチャレンジでしたね(笑)でも、そのお陰でチームは纏まりましたけど。

 ◆ 最も印象に残っている試合は?
  2004年度日本選手権決勝、VSトヨタ自動車ヴェルブリッツ、正規のポジションではないプロップ3番で石井さんが試合に出場し、みごと勝利し日本選手権優勝を勝ち取った試合。
石井さんはもともとプロップ1番で3番はプレーしたことがなかったが、自分が腰椎ヘルニア&分離症を併発し石井さんが3番で試合に出場した。
一つ一つのスクラムを魂で組んでいた。自分の腑甲斐なさと石井さんとの思いが重なり合い、ノーサイドと同時に涙が頬を掠めた。
石井さんに抱きつき、「お前何泣いてんねん!」て言われましたけど・・・(苦笑)
涙が溢れましたね。石井さんに申し訳ない思いと石井さんの熱いスクラムへの思いが忘れられません。

 ◆ 「NECグリーンロケッツ」とはどのようなチームでしたか?
  仲間を信頼できるチーム。
仲間の為にこの身を捧げてもいいと思わせるチーム。
選手ひとりひとりがチャレンジし、チーム全体のレベルを上げるチーム。
練習以外でもまとまりのあるチーム。

 ◆ チームメイトへのメッセージ
 

12年間、お世話になり有難うございました。
今年度は絶対に優勝して下さいね!一OBとして精一杯応援しています!!!

NECエンジニアリングのヒダケン(日高)、これからはヒダケンの時代が来ると思うし、エンジニアリングのおっさんがひとり引退するけど、ヒダケンらしいプレーでチームを鼓舞して下さい。悔いの残らないように一日一日、今を大切に頑張れ!応援してるでぇー!


 ◆ ファンの方へのメッセージ
 

12年間、NECグリーンロケッツおよび木下剛に温かいご声援有難うございました。
自分のラグビー人生に悔いはないです。ラグビー選手での木下剛は納会をもちまして終了しましたが、これからは自分の可能性に挑戦します。
本当に長い間有難うございました。皆様には大変感謝しています。




 

木下選手へ・日高選手から贈る言葉

 
マリオさん、入社してから12年間、計8回の手術を乗り越え、今日まで本当にお疲れ様でした!!
マリオさんとは自分がNECエンジニアリングに出向してからの3年間、特にお世話になりました。それまでは「シャキーン!!」と首と鎖骨の間に指を入れ、後輩をいじめるキャラでしたが、出向してからは、エンジニアリングの社長への挨拶、社員へのラグビーのPR運動や活動HPの運営など、いろいろなことを自分に指導してくれて、お世話になりっぱなしで、ありがとうございました。
特に思い出深いのは、まだエンジに出向してから間もない頃、マリオさんの発案で、当時千葉TVで放映されていたゲットトライに背中に会社名を書いて、裸でポーズをとって、登場したことです。
まさにラグビーでもプライベートでもインパクトプレイヤーでしたね(笑)
ラグビーでのマリオさんのパワーは、本当にすごかった。相手をふっ飛ばすアタックや激しいプレーの数々は、一緒に練習していて、ぶつかられるのは嫌でしたが、味方でこれほど頼もしいと思ったことはありません。
マリオさんは普段は、おちゃらけていましたが、私生活のラグビーに取り組む姿勢はすごかったです。
どんなに疲れた試合の翌日でもウエイトトレーニングをやったり、自分の体調に合わせて、自分のメニューを組み、トレーニングしたり、食事の管理も徹底していました。鍛えられた熊のように大きい肉体は、生まれ持ったものだけではなく、何年もこつこつと努力して、積み上げた結果だということを自分は知りました。
夏合宿でマリオさんと一緒に自転車で上った美幌峠では(自分は置いてかれましたが)、地元の人が、日焼けしすぎて黒光りしたマリオさんを「熊が出た!!」と見間違えるほどでした。
自分はラグビーに対して高い意識を12年間継続し続けたマリオさんを尊敬しています。
今後もラグビーで鍛えたその体と強い気持ちで、新しい人生がんばってください。

最後になりますが、12年間本当にお疲れ様でした!!











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