2016年度勇退選手のメッセージ・贈る言葉 - 宮本 誉久 -

info_category3.gif2017/03/03


 
グリーンロケッツでの一番の思い出は?
  9年間で経験したことすべてがいい思い出で、今後に繋がる意味のあることなのだと、この文章を書きながら感じる次第です。うまくいかなかったことが8割かな(笑)
若手の頃、すべてのことに対して100%でやり過ぎて、メンタルが崩壊し奇病にかかったこと(笑)
公私ともに、ちょっとの余裕と遊び心が必要だと感じた24歳の春でした。しかし、その後も何回か同じようなことを繰り返したことは言うまでもありません。
 
「NECグリーンロケッツ」はどのようなチームでしたか?
  『愚直』
いい意味でも悪い意味でも捉えることができますが、まさにそんなチームであったと思いますし、そんなチームが好きでした。
もちろん、全員がそうである必要はないと思いますが、グリーンロケッツとしてのあるべき姿を表している言葉なんじゃないかと思いますし、これからもそうあるべきだと個人的には思っています。
 
チームメイトへのメッセージ
  変わりゆく現代ラグビーに、変わらない信念とNECスタイルを貫いて、そしてそれを次世代へと継承していってください。
皆と出会えたことは私の財産であり、これからも末永くよろしくお願いします。出雲で待っています。
 
ファンの方へのメッセージ
  在籍中の9年間、本当にたくさんのサポートをいただきありがとうございました。グラウンドに立つ機会はそう多くはありませんでしたが、ファンの皆さんあってのグリーンロケッツであったと、グラウンド内外でのサポートを思い出しながら感じている次第です。
次のステージでも、夢中になれることを探しながら自分の使命を果たしていく覚悟を決めています。また何かのご縁でサポートをいただく機会があるかと思いますので、変わらぬお付き合いをしていただければと思います。
本当にありがとうございました。
 
宮本誉久選手へ・臼井陽亮選手から贈る言葉

      
 
あもん、選手生活お疲れ様でした。
出会った当時、みんなが「アモンアモン」呼ぶから、俺は絶対に「最初は宮本でいく。」と
入社してしばらくは「ねぇ、宮本―。」と意地になって呼んだのを思い出します。
 
あのころが懐かしい。
あれから9年。たくさんの思い出を作ったね。ラグビーの神様に感謝だ。
披露宴でゲロまみれになった私を二次会会場までおぶって運んでくれた背中は大きくて頼りがいしかなかった。あの時のクリーニング代、出してないよね。切腹。
ラグビーに一生懸命で、人にも一生懸命なアモン。
みんなの嫌われ役を自ら買って出てくれて、時に思い悩むこともあったけど、今の自分にはこれしかできないと頑張る姿は本当に心震えた。ありがとう。
俺は、人間、そしてフランカー宮本 誉久を尊敬していたし大好きだった。
面と向かって言うのは恥ずかしいからね。ここだけのラブレター。
きっとみんなもそうだし、アモンの意志はNECみんなで引き継ぐよ。
この先の人生、ジョジョ立ちするくらいキツイ時があれば、そんなときはいつだって同期や仲間を頼ってね。なくても連絡してよ。
島根だからって疎遠な関係は嫌だよ、それはHARAKIRIIIIIIIIIIIIIIII
 
本当にありがとう、そしてお疲れ様でした。
身体大事にね。
さびしがり屋さんだからすぐに会いたくなるだろうけどそこはあれだよ、アレ。
TRANQUILO!!(あっっせんなよ!!)
 




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